公式写真では、横へ長く組まれた稲架に、刈り取った稲がほとんど隙間なく掛けられている。手前の木は斜めに地面へ踏ん張り、人の背丈をはるかに超える稲の壁を支える。遠くに作業する人が見えることで、この風景が自然に生まれたのではなく、一束ずつ手でつくられたものだとわかる。束の数だけ、手を上げ下げする仕事がある。玄米おこしの小さな一片は、この大きな仕事の先にある。
稲を、壁のように掛ける
「はさがけ」は、刈った稲を梯子状の稲架に掛け、天日と風で自然乾燥させる方法である。羽後町の観光情報によれば、田代では9月半ばに稲架を組み、9月末ごろから稲を掛ける。乾燥はおよそ3週間。水分量を確かめてから稲を下ろし、その場で脱穀する。乾燥機へ入れれば短縮できる工程を、稲架を結ぶ、掛ける、下ろす、解体するという複数の手作業へ開いている。
重要なのは、米だけを見ないことだ。田代ではかつて、牛が田起こしや運搬を担い、その糞尿は堆肥に、収穫後の藁は敷き藁や飼料になった。機械と化学肥料が役割を代えた後も、牛を飼う農家には長い藁が要る。稲を刈りながら細かくするのではなく、形を保って乾かすはさがけが、稲作と畜産を結ぶ。地域の公式観光情報がこの方法を循環型農業の象徴として紹介するのは、田んぼの外まで素材の行方が続くからだ。
風景を、食べられる形へ編集する
うご八かやぶ㐂が発売する「はさがけ米の玄米おこし・どん」は、羽後町で育てたはさがけ米を100%使う。原材料表示は、うるち玄米、てんさい糖、水飴、植物油、食塩。塩は秋田・男鹿のものを用いる。60グラム入りが税込432円、100グラム入りが648円で、8月16日から羽後町内の道の駅と、同社が運営する茅葺き屋根の宿のレセプションで販売を始める。
透明な袋の中には、玄米の粒が見える四角いおこしが並ぶ。白いラベルには「どん」の文字と茅葺き屋根の線画。飾りを増やすのではなく、原料と場所をそのまま正面に置くデザインだ。新商品という言葉は、ともすれば土地の古い仕事を消費の側へ引き寄せる。しかしこの商品では、袋の向こうに稲架の風景を見せることで、食べ終えた後にも原料の姿が残る。
発表によれば、保存料、着色料、化学調味料は使用していない。ただし、これは健康効果やすべての人への安全性を保証する表示ではない。アレルギー表示、製造環境、最新の在庫は購入時の表示と販売先で確認したい。植物を食として扱う記事では、土地の物語と同じだけ、表示をそのまま読む姿勢が必要になる。
茅葺きの家へ、米が戻る
販売場所の一つ「うご八かやぶ㐂」は、田代の茅葺き民家を一日一組の宿として使う。公式サイトには、里山で育てた天日干し米を竈門で炊き、囲炉裏や五右衛門風呂を備えた家で供することが記されている。ここでは稲は、田んぼから商品へ一直線に進むのではない。炊いたご飯になり、酒になり、宿の体験になり、今度は持ち帰れる菓子になる。茅も藁も、植物の茎を乾かし、束ね、長く使う技術の上にある。
田代の稲架が見られる期間は長くない。例年、稲を掛ける9月末から、下ろして脱穀する10月半ばまでが目安になる。ただし農作業は天候と生育で動くため、訪ねるならその年の案内を確認したい。景色だけを撮りに行くとしても、そこは観光装置ではなく、作業中の田んぼである。道路や畦へ入り込まず、農家の動線を優先することまで含めて風景を受け取る。
一袋から、次の秋を見る
玄米おこしは、稲架の大きさに比べれば驚くほど小さい。けれど、粒が残る断面を見れば、原料を植物へ戻して考えられる。米を白い粒としてだけでなく、田で育つ稲、乾かす束、残る藁、その藁を必要とする牛まで含めて見ること。地域文化を保存するとは、古い景色を囲って止めることではなく、いまの暮らしが選べる形へ変換することなのだろう。
明日から並ぶ一袋は、羽後町の秋への入口になる。手に取れない場所にいるなら、自分の台所にある米を一粒だけ見直してもいい。植物と過ごした時間は、鉢の中だけにあるのではない。乾かし、炊き、食べ、次の作付けへつなぐ手の中にも残っている。
