花を贈るとき、名前や花言葉より先に、茎の曲がりや葉の重なりを覚えていることがある。10月30日から渋谷PARCOで始まる今村文の個展「花言葉」では、水彩で描かれ、植物の輪郭に沿って切り抜かれた1輪が、半透明のグラシン紙の上に浮かぶ。生花でも押し花でもない。けれど、手渡す前の花に似た距離をもっている。
押し花標本のようで、押し花ではない
今村は花や植物を主なモチーフに、水彩のコラージュと、顔料を蜜蝋に混ぜるエンカウスティークの作品を制作してきた。「花言葉」の新作インスタレーションでは、透けるグラシン紙に描いた形を輪郭の外側から切り離す。背景が消えることで、枝、葉、根のような細部が、壁とのあいだに薄い空気を抱える。
今回のキービジュアルになった赤い作品も、花の同定図のように種類を説明するものではない。赤い枝葉は上へ広がり、下では根のような線がほどける。紙を留める小さなピンまで見えるため、植物の姿と、それを支える手の作業が同じ画面に残る。名前を当てるより、どこから植物らしさを感じるかを見つめる作品だ。
1輪を選ぶ時間も、作品になる
題名の起点は「言葉の代わりに、花を贈る」という考えにある。会場には、過去のインスタレーションを構成した作品から選ばれた1輪も並び、購入時にはグラシン紙の封筒へ収められる。鑑賞者が1輪を選び、誰かへ渡すか、自分の場所へ持ち帰る。その動作まで含めて、作品の時間が続いていく。
花束なら、咲き進み、香りが変わり、やがてほどく日が来る。紙の1輪は枯れないが、飾り方は固定されていない。額に入れる、箱に収める、引き出しにしまう。見える場所と見えない場所を行き来できることが、生花とは異なる親密さをつくる。
その自由さは、植物を装飾へ閉じ込めることとも違う。薄い紙の縁は完全な輪郭ではなく、切り残しや揺らぎを抱えている。葉脈や根の細さを追ううちに、植物を見る目が、色から構造へ、全体から手元へ移っていく。
しまわれた花に、もう1度会う
会場では、今村にとって初の作品集『温かい家』も紹介される。A4判112ページ、日本語と英語を併記した1冊で、作品を壁から本のページへ移す。展覧会で1輪を選ぶ経験とは別に、複数の仕事をめくりながら、植物の形がどのように連なってきたかを見直せる。
今村は同じ時期、東京オペラシティ アートギャラリーの「種と根っこ ─ 都市の耕し方」にも参加している。都市で植物をどう見るかという大きな問いと、渋谷で1輪を選ぶ小さな動作が、別々の会場で隣り合う。現在の制作を1つの個展だけに閉じずに読める時期でもある。
「花言葉」は11月23日まで、OIL by 美術手帖ギャラリーで開かれる。開場は11時から21時、入場無料。オンライン販売は11月9日16時から予定されるが、作品の在庫や販売条件は変わりうる。まず会場で、赤、黄、緑といった色より先に、1本の線が茎になり、葉になり、根へほどける瞬間を見たい。選んだ1輪は、言葉の代わりではなく、その人の見方そのものを渡すことになる。
