大きなマグノリアの花が、つぼみから満開へほどけていく。ジョセフ・ダルトン・フッカーとウォルター・フッド・フィッチが1855年の『ヒマラヤ植物図譜』に残した一枚だ。府中市美術館で9月19日に始まる「花のある暮らし ボタニカルアートとデザイン」は、植物を記録する線が、額の中、食卓の器、部屋の壁紙へ移っていく道筋を約150点でたどる。
マグノリアの一枚が、観察と鑑賞をつなぐ
マグノリア・カンベリィの図譜では、花弁の重なり、枝につく葉、開花前後の姿が一枚の中に収められている。植物の特徴を伝えるための正確さがありながら、淡い桃色と白の大きな花は、そのまま壁に掛けて眺めたくなる強さを持つ。展覧会は、食用や薬用の植物を分類し記録する図から始まった植物画が、やがて「花の肖像」として楽しまれるようになった流れを示す。
18世紀後半のイギリスでは、海外から届く植物と園芸への関心が高まり、植物図譜は新しい種を知る窓になった。展示には『カーティス・ボタニカル・マガジン』や『フローラの神殿』が並ぶ。前者の創刊号を飾った1787年のイリス・ペルシカをはじめ、ヤマヤグルマギク、イクシア・チネンシス、シクラメン、ハスなど、植物ごとに異なる形と描き方が見えてくる。
イリスから器へ、花が食卓に入る
図譜の花は紙の上だけにとどまらない。1795年頃のダービーの平皿には、グラディオルス・プニケウムとホンカンゾウが描かれる。皿の縁に沿って配置された花は、根や茎までを説明する図とは違い、食卓で見える面に合わせて組み直される。観察した植物を、日用品の形へどう収めるか。その変化が、植物画とデザインの距離を近づける。
ウェッジウッドの「ウォーターリリー」の平皿は1808年から1811年頃の作。ハスやスイレンを思わせる水辺の植物が、器の丸さに沿う文様になる。植物名を確かめる図と、暮らしの中で反復される模様を続けて見ると、同じ花でも、伝えるべき部分と残したい印象が変わることが分かる。
ここで植物は、単なる装飾の材料ではない。花弁の向き、葉の輪郭、茎の曲がりが、器の余白や食卓での見え方を決める。図譜の精密さを出発点にしながら、生活の道具に合わせて植物の特徴を選び直す。その編集が、ボタニカルデザインの面白さになる。
デイジーの壁紙が、部屋に庭をつくる
19世紀半ば、ウィリアム・モリスは庭の草花を壁紙へ移した。1864年の壁紙「ひなぎく」では、小さな花と葉が繰り返され、壁一面に途切れないリズムをつくる。一本の植物を独立して見せる図譜とは対照的だが、葉の付き方や花の向きに観察の跡が残る。
展示には、ジョン・ヘンリー・ダールによる1899年頃の壁紙「ゴールデンリリー」や、モリスのテキスタイルも加わる。壁や布では、植物は視線を一か所に集めるのではなく、部屋の広がりに沿って連なる。花を大きく写すマグノリアの図譜から、デイジーが反復する壁紙へ進むと、植物の形が空間の尺度を変えていく。
約150点を、一輪ずつつなげて歩く
展覧会は、植物画、陶磁器、壁紙、テキスタイルを分けて見るだけでなく、同じ植物への視線が媒体ごとにどう変わるかを比べられる。まず花弁や葉の形を図譜で確かめ、次に器の縁や壁紙の反復を見る。作品名に植物名があるときは、その名を手掛かりに歩くと、科学的な記録と室内の意匠が一本の線でつながる。
会期は11月29日まで。開館は10時から17時で、展示室への入場は16時30分まで。一般1,000円、高校生・大学生500円、小学生・中学生250円で、未就学児は無料となる。月曜は原則休館だが、9月21日、10月12日、11月23日は開館し、その後の9月24日、10月13日、11月24日は休館する。
10月10日から12日は「市民文化の日」の無料観覧日で、混雑時には入場制限が行われる場合がある。他会場への巡回は予定されていない。日程や開催状況は変わることがあるため、訪問前には府中市美術館の最新案内を確認したい。
一枚のマグノリアを正確に描くことと、デイジーを壁一面に繰り返すことは、離れた仕事に見える。それでも、どちらも花をよく見なければ始まらない。植物画の線が器の輪郭に沿い、壁紙のリズムへ広がるとき、「花のある暮らし」は花を飾る場面だけでなく、植物の形を暮らしの中で見続ける方法として立ち上がる。
