最初の一枚には、赤い面から一輪のカラーが立ち上がる。花の縁はピンクから橙へ移り、付け根で緑にほどけていく。背景と花の色が近いからこそ、曲面を走る光と影が輪郭を押し出す。植物図鑑のように形を説明する写真ではない。柔らかなものの内側に、彫刻や車体にも似た張りを見つける写真だ。
写真家は小川義文。自動車を中心に40年以上撮影を続け、花には約15年前から向き合ってきた。2026年7月27日、その花写真を集めた初の個展「美花選」が発表された。9月13日から19日まで、東京・銀座のGallery Gotoで開かれる。
車の線を見てきた眼が、花へ向く
きっかけは、仕事場の窓辺にあった鉢植えだったという。自然光の中で花を撮ると、自動車とは異なる被写体にも、長く磨いてきた造形への眼差しを重ねられると気づいた。小川はそれ以降、仕事とは別の軸で花を撮り続けた。今回の個展は、その15年を初めて一つの会場へまとめる試みになる。
自動車と花は、硬さも大きさも、生まれるまでの時間も違う。それでも写真の中では、表面を滑る光、曲線が切り替わる場所、正面と横顔のあいだに立ち上がる量感が響き合う。カラーを彫刻のように感じるのは、花を別の何かへ見立てたからではない。普段は色や名前で先に理解してしまう一輪を、線と面からもう一度見直した結果だろう。
広告のために車を写す仕事では、デザインの意図を読み、見る人へ形を正確に渡すことが求められる。小川の花写真にも、被写体へ近づきすぎて輪郭を曖昧にするのではなく、どこで線が立ち、どこで面が沈むかを確かめる距離がある。情緒だけに預けず、形を見る。その節度が、花の存在を強くしている。
RareDexが注目したいのも、この見直し方だ。植物を部屋に迎えるとき、花色や育て方だけで選ぶのではなく、家具の脚と茎の細さ、鉢の曲面と葉の反り、窓から入る光が作る陰影まで見る。小川の写真は、植物と暮らす人がすでに持っている観察を、もう一段深くする。
咲く瞬間だけを、美しさにしない
発表資料に並ぶ作品は、整った開花だけを選んでいない。茎や枝が石化したように変形したフランネルフラワー、花弁が複雑に折れるパロット咲きのチューリップ、つぼみから枯れるまでを追ったシンビジウム。アヤメでは、撮影を終えたあとも一輪を手元に残している。
生きた花は、完成した形を長く保たない。茎は水の量で傾き、花弁は開き、色は少しずつ沈む。写真はその変化を止める道具だが、「美花選」では止めた瞬間同士を並べることで、むしろ時間の流れを見せる。咲き始めだけを最良と決めず、翌日の線にも同じ密度で向き合う姿勢がある。
これは切り花を見るときにも、鉢を育てるときにも持ち帰れる視点だ。正面から最も華やかに見える場所だけを探さず、横から茎の重なりを見る。花が終わりへ向かう色を、すぐに失敗と呼ばない。植物と過ごした時間は、最盛期の一枚だけでは残せないからだ。
代官山から銀座へ、二つの花写真展
小川は自身の制作と並行して、花を撮る人を長く指導してきた。門下生によるグループ展「花極む」は今回で12回目。8月27日から30日まで、代官山ヒルサイドテラスのエキシビションルームで開かれ、22人の作品が並ぶ。撮影者ごとに異なる花の選び方と距離を、一つの場所で比べられる機会になる。
続く「美花選」は9月13日から19日まで、銀座一丁目のGallery Gotoで開催される。開場は12時から18時、最終日は16時30分まで。自動車の広告写真で培われた眼が、個人的に撮り続けた花へどう移されたかを確かめたいなら、こちらが中心になる。
二つの会場を訪れるなら、まず複数の撮影者による「花極む」で花の見方の幅に触れ、そのあと小川の15年をたどる順序も面白い。前者は代官山、後者は銀座。会期は重ならないため、同じ夏の終わりから初秋にかけて、花を見る眼がどう変わるかを自分の中で比べられる。
帰宅後、一輪の横顔を残す
展示を待つあいだにも、できることはある。部屋の花や鉢を、いつもの正面ではなく横から見る。朝と夕方で、葉や花弁の曲面に光がどう回るかを比べる。写真を撮るなら、名前を記録する一枚とは別に、線と影だけを追う一枚を残してみたい。
自動車のために磨かれた眼が花に出会うと、一輪は別の速度で見えてくる。「美花選」が伝えるのは、花を特別なものへ飾り直すことではない。見慣れた形の前で、知っているつもりをいったんほどくこと。植物と過ごす時間は、その小さな見直しからも残っていく。
