会場は一室ではない。札幌芸術の森美術館、野外美術館、有島武郎旧邸、佐藤忠良記念子どもアトリエ、そして施設をつなぐ場所へ、展示の輪郭が広がっている。公式の展示マップを先に開いてみると、作品を見ることと森を移動することが、同じ鑑賞体験として設計されているのが分かる。
2026年7月11日に始まった「花と獣 いろとかたち」は、札幌芸術の森の開園40周年を記念する展覧会だ。会期は9月27日まで。動植物を主題とする絵画、彫刻、写真、インスタレーションを、屋内と屋外の双方で紹介する。真夏から初秋へ移る森そのものが背景になる構成は、作品だけを切り離して見るのとは違う距離感を生む。
花の色は、素材を変えて現れる
出品作家には、蜷川実花、木下めいこ、石黒昭、粂原愛、猪熊佳子らが名を連ねる。公式サイトで紹介されている素材を見るだけでも、植物の像が一種類の表現に収まらないことが伝わってくる。蜷川の《Liminal Pathway》(部分)はコルトンフィルム、木下の《空創》はサイアノタイプに銀泥、金箔、岩絵具、和紙などを用い、粂原の《うたかたの庭》は岩絵具、顔料、膠、シナパネル、和紙で構成される。
花を描くことは、輪郭を写すことだけではない。光を透かす膜、鉱物の粒子、金属の反射、紙の繊維へ置き換えると、同じ“花”でも見る速度が変わる。色を追って近づく作品もあれば、表面の重なりを確かめるために立ち止まりたくなる作品もある。RareDexが注目したいのは、植物の種類を当てる楽しみより、その姿がどの素材を選ばせたのかという作り手の判断だ。
樟、ガラス、流木。獣と森の距離を歩く
動物の像にも、森との関係が素材として残る。土屋仁応の《鹿》は樟、水晶、彩色。藤戸竹喜の《鹿を襲う熊と狼》はクルミの木から彫り出され、田中福男の《Selfish-6.2【Core】》は理化学ガラスと樟を組み合わせる。はしもとみおの《タロ》《ジロ》も楠による木彫だ。木が獣の身体へ変わるとき、植物は背景ではなく、作品の質量そのものになる。
野外美術館では、国松希根太のニレを用いた《LAOCOÖN》、上ノ大作の藻岩山粘土と丘による《七刀リキズ》などが紹介される。公式サイトには、掲載図版が実際の展示作品と異なる場合がある旨も記されている。画面で予習しすぎるより、素材名と会場だけを覚えておき、森のスケールのなかで初めて作品の大きさを知る。その余白を残して出かけたい。
巡回の途中には、澁谷俊彦のインスタレーションが美術館と有島武郎旧邸に分かれ、札幌市立大学・椎野亜紀夫研究室の展示がつづら折階段に置かれる。作品が専用の展示室だけに集まらないことで、建物の用途や階段の高低差も視界に入る。次の作品へ向かう移動は空白ではない。葉の密度、足元の素材、旧邸のスケールを見ながら、展示の印象をいったんほどく区間になる。
一日を、展示室の外までひらく
会場を巡るなら、最初に公式マップで五つの展示エリアを確認しておくとよい。7月と8月は9時45分から17時30分まで、9月は17時まで。いずれも入館は閉館30分前までで、会期中は無休と案内されている。観覧料は一般1,600円、高校・大学生1,000円、小・中学生500円、未就学児は無料。料金には年齢や障がい者手帳に応じた扱いがあるため、詳細は出発前に公式ページで確かめたい。
展覧会オリジナルグッズに加え、作家の竹うちわ、ハンカチ、ブックマーカーなどもミュージアムショップで扱われる。作品の図像を持ち帰るだけでなく、夏の道具や布、紙へ変換された植物や動物を選べるのが面白い。展示を見る視線が、帰宅後の机や鞄のなかへ続いていく。
植物を描いた作品を見てから森へ出ると、目の使い方が少し変わる。葉の色を一色で済ませず、樹皮をただの茶色と呼ばず、地面と彫刻の境目をもう一度見る。鑑賞のあとに残るのは作品名だけではない。植物の線をどの素材へ移せるか、身近な木や花をどれほど細かく見ていたかという問いも持ち帰れる。会期のあいだにも森の景色は季節とともに変わる。札幌芸術の森のこの夏は、作品を鑑賞する場所であると同時に、身の回りの植物や素材を見直すための長い散歩道になりそうだ。
