Culture

海藻を青に写す アンナ・アトキンスの植物誌

濡れた標本、日光、プルシアンブルーがつくった最初期の写真植物誌

白い海藻が、深い青の上で枝を広げる。アンナ・アトキンスは濡れた標本を感光紙へ直接置き、日光にさらした。レンズも撮影場所もいらない。紙に触れた植物の形そのものが、十九世紀の植物誌に残った。

深い青の紙に白く浮かぶ、枝分かれした海藻Cystoseira granulataのシアノタイプ
作品:Anna Atkins《Cystoseira granulata》/Wikimedia Commons(Public Domain Mark 1.0、1843〜1853年)

白い海藻が、深い青の上で枝を広げる。アンナ・アトキンスは濡れた標本を感光紙へ直接置き、日光にさらした。レンズも撮影場所もいらない。紙に触れた植物の形そのものが、十九世紀の植物誌に残った。

一枚の紙に、海藻を置く

シアノタイプは、鉄塩を塗った紙に物を重ね、紫外線へさらしてから水で洗う。光を受けた部分はプルシアンブルーに変わり、海藻に覆われた部分は白く残る。輪郭だけでなく、薄い房や重なった枝には青の濃淡が生まれる。

写真の《Cystoseira granulata》では、太い軸から細い枝が左右へ分かれ、先端ほどほどけていく。標本を写した像でありながら、海中で水に揺られる姿まで想像させる。青い余白は背景ではなく、形を読むための水面のように働く。

植物誌を写真でつくる

アトキンスの『Photographs of British Algae: Cyanotype Impressions』は、メトロポリタン美術館の記録では1843年から1853年にかけて分冊で刊行された。写真で印刷・図版化された最初の本とされ、海藻の標本が一頁ずつ実物大に近い輪郭で並ぶ。

名称はウィリアム・ハーヴィーの『Manual of British Algae』(1841年)をもとにし、各プレートの文字もアトキンスが手で記した。分類名、標本、像が同じ頁に置かれることで、植物学の記録と写真技法が一つの仕事になった。

複製ではなく、一枚ずつ

シアノタイプを発明したのはジョン・ハーシェルで、1842年のことだった。アトキンスはこの新しい方法を、壊れやすい海藻を描き写す手段として採り入れた。標本を紙へ密着させるため、葉状体の切れ込みや細い枝の間隔まで残せる。

ただし、同じ頁を一度つくれば終わる印刷ではない。ネガを使わないため、一枚ごとに標本を置き直し、日光へさらす必要があった。Kewは、知られている約十組の本をつくるため、三百点を超える像を個別に焼き付けたと説明している。雲の動きも発色を変えた。

分類の線と、構図の余白

標本の正確さだけを求めるなら、頁の中央へ均等に置けばよい。けれどアトキンスは、枝が交差する場所、余白へ伸びる先端、密度の違いを見ながら配置した。科学的な同定に必要な形を保ちつつ、一頁の視線にも流れがある。

メトロポリタン美術館は、彼女が自ら集めた標本だけでなく、ほかのアマチュア研究者から受け取った海藻も使ったと記す。集める人、名づける人、像をつくる人が重なり、植物誌は一人の目だけでは完成しなかった。

青が残した観察

シアノタイプはのちに図面の複写へ広がり、青写真という言葉を残した。だがアトキンスの頁では、青は複製の便利さだけを示さない。薄い植物体を透過した光、紙へ触れた枝、洗い流された薬液のあとまで、一回の観察として刻まれている。

《Cystoseira granulata》の像は1843年から1853年の間につくられ、現在はパブリックドメインとして公開されている。青の濃淡をたどると、標本名より先に、海藻がどこで枝分かれし、どこで光を通したかが見えてくる。

育てている植物でも、葉脈、裂け目、重なりを一度、影として見てみると形が変わる。アトキンスの青い頁が残したのは、珍しい標本の一覧だけではない。植物を紙の上へ静かに置き、名前の前に構造を見る時間である。

参考リンク・出典

この記事の調査・執筆で参照した情報です。各発信元でも原文をご確認いただけます。

  1. Photographs of British Algae: Cyanotype Impressions — The Metropolitan Museum of Art
  2. Early photography: Anna Atkins and algae — Royal Botanic Gardens, Kew
  3. Cyanotypes: The origins of photography — Royal Botanic Gardens, Kew
  4. File:Anna Atkins Cystoseira granulata.jpg — Wikimedia Commons / Anna Atkins