白い海藻が、深い青の上で枝を広げる。アンナ・アトキンスは濡れた標本を感光紙へ直接置き、日光にさらした。レンズも撮影場所もいらない。紙に触れた植物の形そのものが、十九世紀の植物誌に残った。
一枚の紙に、海藻を置く
シアノタイプは、鉄塩を塗った紙に物を重ね、紫外線へさらしてから水で洗う。光を受けた部分はプルシアンブルーに変わり、海藻に覆われた部分は白く残る。輪郭だけでなく、薄い房や重なった枝には青の濃淡が生まれる。
写真の《Cystoseira granulata》では、太い軸から細い枝が左右へ分かれ、先端ほどほどけていく。標本を写した像でありながら、海中で水に揺られる姿まで想像させる。青い余白は背景ではなく、形を読むための水面のように働く。
植物誌を写真でつくる
アトキンスの『Photographs of British Algae: Cyanotype Impressions』は、メトロポリタン美術館の記録では1843年から1853年にかけて分冊で刊行された。写真で印刷・図版化された最初の本とされ、海藻の標本が一頁ずつ実物大に近い輪郭で並ぶ。
名称はウィリアム・ハーヴィーの『Manual of British Algae』(1841年)をもとにし、各プレートの文字もアトキンスが手で記した。分類名、標本、像が同じ頁に置かれることで、植物学の記録と写真技法が一つの仕事になった。
複製ではなく、一枚ずつ
シアノタイプを発明したのはジョン・ハーシェルで、1842年のことだった。アトキンスはこの新しい方法を、壊れやすい海藻を描き写す手段として採り入れた。標本を紙へ密着させるため、葉状体の切れ込みや細い枝の間隔まで残せる。
ただし、同じ頁を一度つくれば終わる印刷ではない。ネガを使わないため、一枚ごとに標本を置き直し、日光へさらす必要があった。Kewは、知られている約十組の本をつくるため、三百点を超える像を個別に焼き付けたと説明している。雲の動きも発色を変えた。
分類の線と、構図の余白
標本の正確さだけを求めるなら、頁の中央へ均等に置けばよい。けれどアトキンスは、枝が交差する場所、余白へ伸びる先端、密度の違いを見ながら配置した。科学的な同定に必要な形を保ちつつ、一頁の視線にも流れがある。
メトロポリタン美術館は、彼女が自ら集めた標本だけでなく、ほかのアマチュア研究者から受け取った海藻も使ったと記す。集める人、名づける人、像をつくる人が重なり、植物誌は一人の目だけでは完成しなかった。
青が残した観察
シアノタイプはのちに図面の複写へ広がり、青写真という言葉を残した。だがアトキンスの頁では、青は複製の便利さだけを示さない。薄い植物体を透過した光、紙へ触れた枝、洗い流された薬液のあとまで、一回の観察として刻まれている。
《Cystoseira granulata》の像は1843年から1853年の間につくられ、現在はパブリックドメインとして公開されている。青の濃淡をたどると、標本名より先に、海藻がどこで枝分かれし、どこで光を通したかが見えてくる。
育てている植物でも、葉脈、裂け目、重なりを一度、影として見てみると形が変わる。アトキンスの青い頁が残したのは、珍しい標本の一覧だけではない。植物を紙の上へ静かに置き、名前の前に構造を見る時間である。
