植物の頭を持つ人物が、鉢植えや街路樹のあいだに立つ。東京ミッドタウン日比谷で開催中の平子雄一展「HUMAN AND NATURE」は、絵画、彫刻、インスタレーション約300点を通して、人が選び、置き、育てる植物を「自然」と呼ぶ境界へ目を向ける。会期は10月18日まで。
植物と人を、一つの姿にする
平子の作品には、枝葉の頭と人の身体を持つ人物が繰り返し現れる。人が植物を見る場面ではなく、植物と人の区別が一体の姿の中で揺れる。葉の形から特定の種を当てるより、どこまでが植物で、どこからが人なのかを追う方が、この像の輪郭に近づける。
展覧会が起点に置くのは、家の鉢植え、道沿いの街路樹、公園の木だ。どれも緑として身近だが、置き場所、剪定、水、土を人が決めている。野山から切り離されたものではなく、人の管理を含んだ自然として見ると、いつもの一鉢にも別の関係が現れる。
植物を集める人なら、株だけでなく鉢、台、背景まで選ぶ。どの面を正面にするか、どの高さで葉を見せるかという判断も、植物の姿をつくる一部だ。作品の中の人物と鉢植えの距離は、育成と展示が同じ空間で重なることを思い出させる。
1,200平方メートルに約300点
会場は東京ミッドタウン日比谷6階のホール。主催者によると、1,200平方メートルを超える空間に、新作を含む約300点が集まる。絵画、彫刻、立体、インスタレーションが並び、最大約3.5メートルのモビール群も空間の上部を使う。
当年の会場写真では、植物の頭を持つ大きな人物像が中央に立ち、その奥に絵画と複数の立体が続く。一点を正面から見るだけでなく、像の横へ回り、平面作品との間隔や視線の高さがどう変わるかを確かめたい。
最初に人物像の枝葉と身体の境目を見る。次に、絵画の中で鉢や樹木がどこに置かれているかを追う。最後に上方のモビールへ目を移すと、床、壁、空中という三つの高さで植物の形が組み替わっていく。
公園では、木々が鏡面へ入る
展示はホールの外にも続く。日比谷公園の《Mirror Plant 01》は10月18日まで公開され、鏡面を持つ植物の形に周囲の木々や空が映り込む。作品だけを切り取るより、表面に現れては消える枝葉と一緒に見ることで、人工物と生きた植物の境が動く。
室内の鉢植えは、人の手が届く範囲に収まりやすい。街路樹や公園の木は大きく育つが、植える場所や枝の長さは管理される。ホールから公園へ移る短い動線は、管理の規模が変わっても、人と植物の関係が続いていることを見せる。
もう一つの屋外作品《Sacred Tree 01》は、ステップ広場で9月26日まで公開されていた。現在見られる作品と混同せず、これから訪れるならホールの展示と日比谷公園の《Mirror Plant 01》を組み合わせる。
名を当てる前に、関係を見る
様式化された枝葉を、実在する植物の種へ無理に結びつける必要はない。代わりに、鉢に入っているか、地面に根を下ろしているか、人の身体とつながっているかを見る。置かれ方の違いが、植物を所有物、景観、相手のどれとして見ているかを浮かび上がらせる。
自宅の植物にも同じ問いを持ち帰れる。名前、価格、希少性を確認したあとで、なぜその鉢を選び、どの方向を正面にしているのかを見直す。育てることは植物の要求に応える作業であると同時に、人の暮らしへ位置を与える行為でもある。
会期は10月18日まで、開館は11時から20時、最終入場は19時30分。会場は東京ミッドタウン日比谷6階。日比谷公園の屋外作品を見るなら、日の傾きや周囲の木の動きで鏡面の見え方が変わるため、明るい時間を含めて歩きたい。
植物の頭は、人と自然のどちらかへ収まらない。ホールの人物像から公園の鏡面へ歩くと、鉢植えも街路樹も、ただそこにある緑ではなく、人が選びながら関係を結び続ける相手として見えてくる。
