群青の花が金地を横切り、蔓は折れ目を越えて隣の面へ進む。鈴木其一の《朝顔図屏風》は、六曲屏風を左右に一隻ずつ並べ、朝顔だけで幅約7.6メートルの庭をつくる。人物も支柱も描かれないのに、折れ曲がる蔓の方向から人の手が整えた庭が現れる。金地の空白まで、生長の勢いを伝える。染色を学んだ画家の反復が、布の文様と植物の時間を一つの室内へ重ねる。
一双で幅約7.6メートル
メトロポリタン美術館は本作を江戸時代・19世紀前半の作とし、紙本金地に墨と彩色を施した六曲一双と記録する。一隻は高さ178.3センチ、幅379.7センチ。二隻を合わせると十二面になる。
屏風は右から左へたどる構成だ。右隻と左隻の蔓は中央へ向かって伸び、別々の画面にある花群を一続きの繁茂へ変える。
支柱を描かず、蔓だけを残す
人物も建物も描かれていない。それでも蔓が斜めに落ち、途中で向きを変える形から、庭の支柱や人の手が整えた仕立てが感じられる。
メトロポリタン美術館は、この不在の表現を琳派の「留守模様」と結びつける。描かれない庭があるからこそ、葉の間の金地が通路や空気のように働く。
其一は染色を学んだのち、酒井抱一に師事した。厚い顔料と金箔の装飾効果、花と葉を反復するリズムには、布の意匠にも通じる平面感がある。
花の青は一色ではない
花には深い藍から明るい青まで幅がある。葉も同じ緑を繰り返さず、濃淡と向きを変えながら蔓の動きを支える。
アサガオの名は複数の植物に使われる。日本で親しまれるIpomoea nilは、Kew Scienceがつる性一年草として扱い、三裂する葉と漏斗形の青い花を記録する。絵だけで種を断定することはできないが、巻く蔓、割れた葉、開く花という形が画面の骨格になっている。
現物は現在展示されていない。公開画像では、十二面を一度に眺めたあと、折れ目ごとに蔓の向きと花色の差を追える。
屏風を庭の代わりに立てる
琳派の屏風は、大きな座敷の中に親密な場所をつくり、季節に合わせて取り替えられた。朝顔は背景の飾りではなく、室内の広さと季節感を組み替える存在だった。
右端から中央へ蔓を追うと、花の密集と金地の空白が交互に現れる。朝顔の勢いは花数だけでなく、何も描かれない間隔によって強くなる。
《朝顔図屏風》の庭には人がいない。十二面を渡る蔓と青い花だけが、支柱、手入れ、夏から秋へ移る季節を室内へ連れてくる。