冒頭の図版は、展覧会に出品されたメリフィールドの水彩ではない。海藻を研究した同時代の女性、マーガレット・ガッティが著した『British Sea-Weeds』1872年版の一頁で、クラドフォラ属六種が描かれている。別の作り手の仕事を混同せず、それでもこの図版から始めるのは、十九世紀の英国で海藻を見ることが、科学、絵、女性の学びを横断していた広がりを示すためだ。
服を 動けるものとして考えた人
メアリー・フィラデルフィア・メリフィールドは1804年生まれ。絵画技法と色彩を研究し、1854年に『Dress as a Fine Art』を刊行した。ケンブリッジ大学植物園の解説によれば、そこでは女性の動きを妨げにくい実用的な服を支持していた。服を飾りとして眺めるだけでなく、身体がどう動けるかまで考える。その視点が今回の展示の出発点になった。
その約十年後、メリフィールドはブライトン周辺の自然史をまとめ、海藻を扱う章を書いた。関心はやがて藻類学へ深まり、海藻の水彩を約一千点制作したと植物園は伝える。大半は現在、ケンブリッジ大学標本館に収蔵されている。服の線から海藻の枝分かれへ。対象は変わっても、形を観察し、色を分け、手で記す姿勢は連続している。
海藻は 記録と絵のあいだに残る
ブライトンのブース自然史博物館には、メリフィールドを含むヴィクトリア朝の収集家たちが残した海藻標本がある。同館の海藻コレクションは832点、270種以上。採集場所と日付を記した細かなラベルは、過去の海辺と現在を比べる資料にもなる。薄い葉状体を紙へ広げた一頁は、鑑賞のための構成であると同時に、どこで何を見たかを未来へ渡す記録でもあった。
メリフィールドは晩年まで海藻研究を続け、1883年には学術誌『Nature』へ藻類研究の書評を寄せている。今回の展示が扱うのは、趣味から科学へ進んだという単純な成功譚ではない。家庭の役割と創作への意欲の間で、女性が自分の仕事をどう続けたか。その問いを、標本館の水彩と現代作家の制作が同じ場所へ持ち込む。
水生植物が 一室の骨格になる
《The Struggle for Light》を制作したのは、アナベル・リーが率いるコミュニティー・アートグループ、The Glasshouse Artists。大学標本館と植物園の学習チームが協働した。公式資料に写る会場では、ヴィクトリア朝の居間を思わせる空間に、彫刻、照明、音、文章が重なり、中央には水生植物を入れた大きな透明の水槽が置かれている。
水槽は温室の水路を思わせながら、メリフィールド、その子孫、後に続く女性作家たちが創作の場所を求める姿を表すという。ここで植物は、歴史を美しく見せる装飾ではない。水の中で上へ伸びる実物の形が、展示の主張を支える骨格になる。壁紙や布地に隠された植物模様も含め、観客は一室の中で、服、住まい、植物画を順に見つけていく。
最終日に 図版をひらく
展示はケンブリッジ大学植物園のSyndicate Roomで、現地時間8月30日10時から18時まで。通常入園料で観覧できる。日本時間18時は現地の開場時刻にあたり、きょうという一日の中でまだ見に行ける展示だ。遠方から向かう前には、植物園の公式案内で当日の開園状況を確認したい。
会場へ行けなくても、図譜の一頁は手元で見られる。ガッティの緑の海藻図には、同じ属でも糸の太さ、分岐、岩への付着の仕方が異なる六つの姿が並ぶ。掲載名は1872年の表記で、現在の分類や同定を保証するものではない。それでも、よく似た緑を一つずつ分けて描いた眼差しは、メリフィールドが残した約一千点の水彩へ想像をつなぐ。
植物を残す方法は、標本だけでも写真だけでもない。線を写し、色を置き、日付と場所を書き添える。その小さな選択が、個人の観察を後からたどれる資料へ変える。身近な植物を記録する一枚にも、名前だけでなく、葉の向きや鉢を置いた場所が、その日の視線として残る。未来に残るのは、正解だけではなく、その日にどこを見たかという視線である。
