冒頭の写真は、企画展や出品作を写したものではない。岐阜県美濃市の美濃和紙用具ミュージアムふくべで、紙漉きに使われてきた木製の道具や簀を収めた資料写真だ。折りの前に一枚の紙があり、その前に楮の繊維と水、漉き舟、手の動きがある。作品画像の代わりにこの場所を入口としたのは、「花ノ和」の立体を支える本美濃紙を、白い面ではなく工程を蓄えた素材として見たいからだ。
花を写すのではなく素材を重ねる
「花ノ和」は、本美濃紙を一枚ずつ折り上げてつくる白い紙の花である。今回の企画展では、その折りへアトリエシムラの草木染めが加わる。花弁を写実的に描くのでも、植物柄を印刷するのでもない。楮という植物から紙をつくり、別の植物の根や枝、葉から色を得て、折りによる一輪へ重ねる。植物はモチーフである前に、形と色の両方をつくる素材になっている。
白い和紙では、山と谷の折りが光を受け、花の輪郭をつくる。そこへ色が入れば、同じ折りでも濃淡の位置が変わるはずだ。染料が紙へどのように留まり、繊維の重なりや折り目でどんな差を見せるのか。企画の面白さは、花の種類を当てることではなく、平らな紙が色と折りによって植物らしい気配を持ち始める、その境目にある。
楮の繊維が折りの陰影になる
本美濃紙の主原料は楮である。美濃市が公開する制作工程では、白皮を水に晒し、煮て、塵を取り、木槌で叩いて繊維をほぐす。漉き舟では水と、とろろあおいの根から得る粘液を合わせ、竹簀を縦だけでなく横にも揺らす。繊維を縦横へ絡ませるこの動きが、薄さの中に均質な地合をつくる。最後は板へ貼り、天日で乾かす。折り上がった花に見えるのは紙の端と面だが、その強さは目に見えにくい長い繊維と漉き方から来る。
本美濃紙は、石州半紙、細川紙とともに「和紙 日本の手漉和紙技術」を構成する。文化庁の資料は、2014年にユネスコ無形文化遺産へ記載された三つの手漉和紙技術を示している。伝統という言葉を完成した様式として眺めるだけでは、今回の展示の現在性を取り逃がす。本美濃紙が折りの立体となり、草木染めと出会うことは、技術を守ることと、素材の使い道を更新することを同じ場所で考える試みでもある。
同じ植物でも色は一度きり
アトリエシムラは、京都・嵯峨野の工房で、根や枝、葉などから色を得て手作業で糸を染める。公式の制作案内は、草木染めの色が季節や地域にも影響されると説明する。今回、糸ではなく本美濃紙へ色を移すことで、染めの相手は柔らかな繊維の束から、一枚の紙へ変わる。色は表面を覆う仕上げではなく、紙の透け方や折りの影と関わる要素になる。
8月の工房では生葉の藍や紅花、9月には刈安、10月には茜や車輪梅を扱う講座が案内されている。ただし、これらがすべて企画展の作品に使われるという意味ではない。ここから見えるのは、植物の色が固定された色見本ではなく、採る時期と染める手順を伴うということだ。どの植物がどの一輪へ現れるのかは、会場で作品表示とともに確かめたい。
一輪から蜜蝋紙へ暮らしを広げる
会場には草木染めの「花ノ和」に加え、植物の色を重ねた蜜蝋紙も並ぶ予定だ。立体の花と、包む、敷くといった用途を想像させる紙。同じ染めが鑑賞物と暮らしの道具を行き来することで、色を所有する方法にも幅が生まれる。展示を企画するアトリエシムラと、和紙の文化継承と循環を掲げるグッド・プロジェクト・デザイン・ラボは、手仕事を保存箱へ収めず、触れられる形へ渡そうとしている。
企画展「草木のいろ、花となる」は、2026年9月11日から10月20日まで、東京・祖師谷のアトリエシムラ Gallery & Schoolで開かれる。開場は12時から17時30分、水曜と木曜は休廊だが祝日は開廊予定。9月12日には、花ノ和を展開する林裕之とアトリエシムラ代表の志村昌司によるトークも予定されている。定員、参加費、休廊日を含む最新情報は、来場前に公式ページで確認したい。
植物を見るとき、花と葉の形だけを追う必要はない。楮は紙の強さになり、根や枝は色になって、別の花の輪郭へ入っていく。一枚の和紙を折るという小さな動作の中に、植物が素材へ変わる二つの道筋が重なる。その一輪を見たあとなら、身近な葉の緑や樹皮の褐色も、名称だけではなく、まだ紙へ移されていない色として見えてくる。
