Culture

葉の電気を、音楽へ。ヴェネツィア・ビエンナーレの「神秘の庭」

ブライアン・イーノ パティ・スミスらが参加 聖ヒルデガルトの思想を庭と音へ

煉瓦で囲まれた一本の樹木、その左右に伸びる蔓と低い植栽。ヴェネツィアの修道院にある「神秘の庭」では、植物の目に見えない電気活動までが音へ変わる。第61回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展の聖座館は、ブライアン・イーノやパティ・スミスらの作品を、庭を背景ではなく演奏の一部として聴く場所にした。庭は、葉の電気と人の演奏が重なる楽器になった。

煉瓦で丸く囲まれた樹木を中心に、蔓植物と低い植栽、細い通路が広がるヴェネツィアの神秘の庭
撮影:David Levene/写真提供:Holy See Pavilion

最初の一枚に写る庭は、派手な舞台装置を持たない。中央に一本の樹木が立ち、細い道が植栽の間を抜け、煉瓦の壁が外の街を区切っている。ここはヴェネツィア、カンナレージョ地区にある跣足カルメル会修道院の庭。第61回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展で、聖座館「The Ear Is the Eye of the Soul」の第一会場となった「Giardino Mistico(神秘の庭)」だ。

修道院の庭を、ひとつの楽器として聴く

この庭で音を生むのは、招かれた音楽家だけではない。公式解説によれば、Soundwalk Collectiveが開発した装置は、植物の生体電気活動を捉えて音へ変換する。来場者はヘッドフォンを通して、その変化と参加者による新作を重ねて聴く。録音された自然音を庭に添えるのではなく、その場にある植物の状態が作品の響きへ関わる構成である。

注目したいのは、植物を人間の感情に置き換えて説明していないことだ。葉や茎が発する信号は、植物の“声”だと断定するためではなく、人の目には見えない活動へ耳を向ける入口として使われる。庭を眺めるとき、私たちはつい花の色や樹形を先に受け取る。ここでは音が加わり、植物を見るという行為そのものが、別の感覚へ開かれていく。

聖ヒルデガルトから、24組の現在へ

館の発想源は、12世紀の修道院長であり、作曲家、治療者、幻視者でもあったビンゲンのヒルデガルト。庭と音、精神と身体を切り離さずに考えた人物の視点を、現代の表現へ手渡している。キュレーションはハンス・ウルリッヒ・オブリスト、ベン・ヴィッカース、Soundwalk Collective。参加する24組には、Brian Eno、Patti Smith、FKA twigs、Devonté Hynes、Jim Jarmusch、Meredith Monk、Terry Riley、Suzanne Cianiらが名を連ねる。

著名な名前が並ぶが、この館の面白さはスターの作品を順に消費することにはない。異なる世代と領域の参加者が、庭を共有するひとつの音の構成へ加わっている。一本の木の前で誰の名を思い出すかより、音を聴いたあとに同じ葉の見え方がどう変わるか。鑑賞の中心を植物の側へ戻せることが、この共同制作の強さだ。

二つの会場が、庭と記憶を結ぶ

聖座館は二会場で構成される。神秘の庭では、七つの段階をたどる音の体験が組まれ、カステッロ地区のサンタ・マリア・アウジリアトリーチェ複合施設には、作品や本、建築的な提案を集める「生きたアーカイブ」が置かれた。Alexander Klugeの最終作、Ilda David’によるアーティストブック、Tatiana Bilbao EstudioとMAIO、DOGMAによる修道院建築の計画も含まれる。

庭で受け取った一回性のある音を、第二会場では言葉や図面、物として考え直す。育てている植物を写真だけでなく、置き場所や季節の記録と一緒に残すことにも少し似ている。目の前の姿と、あとから戻れる記録。その二つがそろうことで、植物と過ごした経験は一日の印象から、続いていく記憶へ変わる。

旅の予定に、耳を澄ます余白をつくる

第61回展の会期は2026年11月22日まで。神秘の庭は予約が必要で、第二会場は予約なしで入れる。どちらも入場無料だ。9月30日までは11時から19時、10月1日以降は10時から18時。休館日や例外日は公式案内で確かめたい。二会場は別の地区にあるため、移動まで含めて余裕を持つと、庭で立ち止まる時間を削らずに済む。

植物を飾りとして扱う空間は多い。けれどこの庭では、植物は作品を引き立てる背景ではなく、変化する信号の発信源であり、鑑賞の速度を決める存在でもある。葉の形を見て、耳から届く変化を待ち、もう一度その株へ視線を戻す。その往復は、部屋の鉢を眺めるときにも持ち帰れる。いつもと同じ一枚の葉が、観察の入口をまだいくつも残していることに気づかせてくれる。

参考リンク・出典

この記事の調査・執筆で参照した情報です。各発信元でも原文をご確認いただけます。

  1. Holy See — The Ear Is the Eye of the Soul — La Biennale di Venezia
  2. The Ear Is the Eye of the Soul — Holy See Pavilion at the 61st International Art Exhibition of La Biennale di Venezia — Dicastery for Culture and Education, Holy See
  3. Opening of the Holy See’s new Pavilion at the Venice Biennale — Dicastery for Culture and Education, Holy See
  4. Holy See’s Venice Biennale pavilion explores sound, silence and the soul — Vatican News
  5. Holy See Pavilion 2026 — Press Images — Installation Images — Holy See Pavilion / Bolton & Quinn

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